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無職の雑記

Garbage in, garbage out.

ジョギング(5回目)

今日も2キロ走った。2キロが限界だ。走ったあとは短距離を全力疾走したかのごとく息が上がってる。

もっと頻繁に走りたいが、走って数日は足が痛い。

石田徹也

本屋で、石田徹也さんの遺作集というのを眺めた。

ああ、これはダメだ、と思う。

絵の意味・感覚みたいなものは見た瞬間に分かる。それ以上に何かを考える必要もない。この人の絵は見る人に自由を許さない。よくわからないものを前に右往左往し、その右往左往の時間の中で自分なりの感覚を立ち上げる、ということを許さない。

スタンプのように分かりやすい。

で、この種の感覚をスタンプのようにわかりやすく形にしてしまう、ということは、個人的には「役に立たない」と思う。スタンプのように分かりやすく形にされた感覚だから、他の人も簡単にわかってくれるだろうなと想像できてしまう。その想像が「役に立たない」。

と書くのはもちろん、この人の絵が強力だからです、自分にとって。何だか、引きずり込まれてしまう。

私は家を出てエレベーターを待っているとき、部屋にちゃんと鍵をかけたかが気になることになってる。で、よく戻って確認する。開いてたことはない。これがひどくなると強迫性障害と呼ばれる。

言ってみれば石田さんの絵というのは、ある種の感情・感覚への「強迫」あるいは「嗜癖」へと、私のような人間を引きずっていく力があると思う。でも、私はもうその感情・感覚につきあいたいとは思えないし、鍵をかけたか何度も確認したくもない。

これから買い物に行くんだよ。豆乳と豆腐とカット野菜を買ってくんの。お前の相手をしてられるほど暇じゃない。

この人は31歳で死んでる。踏切の中に立ち入って。

私の目的地は踏切内じゃなく、近所のスーパーなんだ。

だから個人的な見解として、この人の絵は「役に立たない」。

石田徹也遺作集

石田徹也遺作集

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絶望/希望

ずっと寝たきりであると、身体とベッドとの接触面での血行が不全となり、周辺組織が壊死を起こしたりするのだけれど、例えばそんな風になったとして、しかもあまりに酷いため骨まで露出するようにさえなったとして、一体絶望以外の何があるだろう、とは思う。

でも仮に、上記の彼がチンパンジーであったのなら、そこに絶望はない。それを絶望的だと考えない、というか「考えられない」。実際そんな状態になったレオという名前のチンパンジーが、松沢哲郎さんの研究所にいるそうなんだけれど、レオは、

私であれば生きる希望を失うというような状況のなかでも、まったく変わらなかった。めげた様子が全然ない。けっこういたずら好きな子で、人が来ると口に含んでいた水をピュッと吹きかける、なんてこともする。キャッと言って逃げようものなら、すごくうれしそうだ。*1

チンパンジーは「いま・ここ」を超える想像力を人間ほどには持っていない。だから、それは絶望することができない。希望もまた。しかし人間は、

[…]容易に絶望してしまう。でも、絶望するのと同じ能力、その未来を想像するという能力があるから、人間は希望をもてる。どんな過酷な状況のなかでも、希望を持てる。*2

これが果たして良いことなのか私にはよく分からないし、チンパンジーになれたほうがいい局面というのも人生にはあるだろうと思ったりもする。

でも、「チンパンジーになれたほうがいい」という想像自体、とても人間的なものなのだ。良かれ悪しかれ。

理性の起源: 賢すぎる、愚かすぎる、それが人間だ (河出ブックス 101)

理性の起源: 賢すぎる、愚かすぎる、それが人間だ (河出ブックス 101)

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心

*1:松沢哲郎『想像するちから』、網谷祐一『理性の起源』より孫引き

*2:同上

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