無職の雑記

Garbage in, garbage out.

人生経験、あるいは居場所がないという話。

自分は長期引きこもりの末、底辺職に就職し、それも辞めて現在無職なのだけれど、弟は単純なエリートだ。某商社に勤めている。彼にとっての「出張」とは、「海外出張」だったりする。まだ、20代なのにね。

生きる世界が異なりすぎるゆえ、また元々頭の出来が異なりすぎるゆえ、あまり比較にならない。だから、あまり比べて落ち込むような事はないのだけれど、やっぱり引け目はある。弟は他のところに住んでいるので、1年に1度会うか会わないかで、思い出すことさえほぼないのだが、たまに、その動静を親経由で聞くことがあって、その時、どうリアクションを取れば良いかもわからない。

自分は30を過ぎたいい大人なのに、未だにそういう点が、引きこもっていた時と変わらない。正しくリアクションできるようになると、大人になったってことなんだろうけど、そんな人生経験を積める見込みが今後の人生であるんだろうかと悩む。

人生経験を積むといえば、普通の人にとっては「仕事」(とそれを取り巻く関係)だと思うのだが、私は「仕事」をする気があまりないし、私に可能な仕事は、「人生経験」になるような仕事でもなさそうだ(工場でシールを貼り付ける仕事や、警備員をすることが経験になるとは思えない)。この点は、弟の事を離れても、悩む。悩んでいる。人生上の意味のようなことでもあるし。

今日は新宿に行って、英語発音の教本を買ってくる予定になっていて、それで今後1年、黙々と発音練習を続けようと思っている。他にも1年でしようと思っていることはある。でも、私の目標としていることは、社会・社交の外側のことで、社会に場所を持つ見込みはない。私は無職で、当面のスケジュールは圧倒的な空白で、それは自由といえば自由だが、単に社会から追放されているだけともいえる。社会に居場所のない人間の自由は追放されていることと区別がつかないーーだから、ニートのphaさんは、追放を自由へと変換する機能として、「フルサトをつくる」とか言っているのだと思う。私はphaさんほど社交的でない。というか、社交性が全く無い。でも、どこかに居場所がほしいとは思っている。追放という身分は嫌だと思っている。しかし、私の手持ちのオプションは「発音練習」とか以外にないから、発音の教本を買って帰り、Siriに話しかけるんだろう。出口がない。

フルサトをつくる 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

フルサトをつくる 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方