無職の雑記

Garbage in, garbage out.

初めて1人で海外旅行に行った時のこと

  • 27〜29歳にかけて専門学校に通ってた。学校なので春休みがあり、動機は忘れたが、「海外旅行に行こう」と思った。で、あまり考えることなく、「初心者に優しい」と、どこかに書かれていたタイに行くことにし、パスポートを作り飛行機に乗った。

  • が、自分はあまり計画性がない。元々引きこもりだったし、その時も大差がなかったので、実のところ「ホテルに泊まる」とか、「カフェに入る」とか、そういうことが日本でもできなかった。なのに、初日のホテルだけネットで予約して、あとは何も考えずにタイのスワンナプーム国際空港に来てしまった。飛行機を降り、荷物がぐるぐる回るところくらいまでは、ほかの乗客について行けばよかったのだが、その先は一人で、えーっと、自分は何しに来たのだろう。『深夜特急』を何年か前に読んだことが不意に影響してここにきたのか? 思い出せない。

  • とりあえずホテルに向かおうと、タクシーでそのホテルの近所までは行った。釣り銭は誤魔化された上に、ホテル名はややこしかったため、連れて行かれたのはほとんど同名の、しかし別のホテルだった。タクシーは既に去っており、夜だった。タイは時折軍部により政権が転覆されるが、その癖のようになっている転覆とはあまり関係のない庶民の生活というものがあり、おれはここで危機にある。つまり、混乱し、「やばい、死ぬ」と思っていた。

  • ホテルは見つかった。名前の違いは「コンチネンタル」の有無とか、そんな違いであり、お前マジでふざけんな。部屋は窓のない牢獄感溢れる部屋で、唐突に空腹が感知されたけれども外は怖い。飛行機で出されたクッキーをそういえば持ってきたんであり、あと10日、帰りの飛行機は10日後だが、あと10日もどうしたらいいんだろうと思いつつそのクッキーをかじる。クッキーの甘さは癒し系で、視界の左隅の壁を黒いものが駆け上がったが、かまわずクッキーを完食し、ゴキブリに驚くにも体力が必要である、という素朴な真理を思った。寝ることにした。

社会不安障害の治療としての海外一人旅

  • まあ、こんな感じで開始された「海外旅行」(?)は翌日に「現地で別のホテルを探し・泊まる」、「屋台でパッタイを買う」を達成し(パッタイはものすごく美味しかった。クッキー以外に2日くらい何も食べてなかったから)、その翌日に「電車に乗る」「トゥクトゥクに乗る」を達成し、その翌日に「カフェに入る」を達成し、というふうに展開し、要はこれは海外旅行というよりは、「社会不安障害行動療法」のようなものだった。日本で社会不安ゆえに自分ができなかった、しかし普通の人なら予めできて当然の手続きを、タイでできるようになった。

  • 最後の方の数日間は、アユタヤの遺跡に電車で行ったり、あとはごちゃごちゃした市場の一角に座って、『中原昌也作業日誌』を読んだり、タイのガキンチョやら猫やらを眺めたりしていた。子供が子供をやってるのを初めて見たような気がしたが、もちろん錯覚だとも分かってはいた。が、いずれにせよ、こんなふうに風景が見えたことが人生で一度もないように思う、と思っていた。

  • 10日が経って、スワンナプーム国際空港に戻った。景色が一変していた。もちろん全ては同じなのだけれど、来た時には、カメラの一人称主観で走り回っているみたいな感じだったのに、今では世界中のどこの空港でもおそらくそうであるように、単に人が歩き、待機しているのが見えるだけなのだった。音が聞こえていることにも気づき、追いつめられると音というのは飛ぶんだな、と考え、そういえば猫しか写真を撮ってなかったので、空港のロビーの写真を撮ったーーファイルは既に紛失したけれど。

(終わり)

中原昌也 作業日誌 2004→2007

中原昌也 作業日誌 2004→2007