無職の雑記

Garbage in, garbage out.

生活改善日記

  • 堕落した感じの毎日に歯止めがかからないので、試みに、時点ごとの感想を記録して、それをブログに乗っけてみる。あまり一貫性はない。あと、追記している。

2016/03/04 4:03  寝れない。客観視しようとすることはできるが、客観視自体が病んでいる場合にはどうしようもない。

強迫神経症の取り消し症状で有名なのは、フロイトが症例『鼠男』で述べたものです。若く、優秀な軍人だった患者「鼠男」は、ある時上官から、生きた人間の肛門に鼠を侵入させる、古代の残虐な刑の話を聞かされ、その刑が自分の父に実行されるのではないか、という強迫観念を抱いて、複雑な症候群を作り始める。実はその父はとっくの昔に死んでいるのですが……。そしてある日、彼が道を歩いていると、そこに石があり、彼はそれを見て、彼の恋人が乗った馬車がその石のせいで転倒し、彼女が傷つくのではないかと心配になり、石を道の傍らに動かします。そしてしばらく歩いた後、彼は自分の行為の奇妙さと病的性格に気づきます。そして石のあった場所にまた戻り、石をもとの場所に置き直す。彼は二度目の行為の奇妙さに気が付きません。(保坂和志『言葉の外へ』所収の「自閉症・言語・存在」樫村晴香

言葉の外へ

言葉の外へ

2016/03/04 4:24  鶏がらスープの素無添加が登場したことによって、以前は単なる鶏ガラスープの素だったものが、有添加になった。

2016/03/04 13:01  起床

2016/03/04 13:47  朝昼食。

2016/03/04 14:19  行方不明のiPad Airを探す。

2016/03/04 14:19  英語を読む。

2016/03/04 14:35  ハーバードビジネスレビューの記事をたまに読むが、ライフハッカーとかと違いがわからない。

2016/03/04 14:38  ワナビーな人間なので、ライフハックな記事を読むことがあるが、実際それでライフがハックされた試しはない(ハックする程の価値あるライフであるとも思われない)。が、そんなワナビーな人間が、外国語でそれを読むと、ハックできないままに外国語を読めるようにはなってしまう。考えるべきは実は、何もハックできないままに上達してしまうこと、じゃなかろうか。

2016/03/04 15:35  読むのを止める。

2016/03/04 16:17  www.newyorker.com

ニューヨーカー。「パロールなしの人生(life)の意味」。「パロール」は、てっきり「音声言語」的意味あいかと思い、自分のための記事かと思ったが、そうではなく、「仮釈放」という意味だった。「仮釈放なしの人生の意味」。しかし、似たようなものか。

2016/03/04 16:33  図書館

2016/03/04 16:42  数学。

2016/03/04 17:44  iPad Airの充電が切れそうなので帰る。

2016/03/04 17:54  普通の歯医者の成功法則、というタイトルの本を目にする。普通の歯医者が成功している場合、それは、

  1. 実は普通でない
  2. ほんとうに普通

という2つの可能性があるように思われる。

2の「ほんとうに普通」の場合、結果を分けるのは大部分(普通なのだから)「運」ということになる。だから、普通の人が誠実に自分の成功について書く場合は「運」を強調する物語にならざるえない。

が、「成功法則」を知りたい読者(例えば私など)は「運」を強調されても困惑するばかりであり、そんな本に需要はない。というわけで市場にあるのは、1の「実は普通でない」のに「普通」であるかのように偽装した書籍であり、あるいは「運」が良かっただけなのに勘違いした書籍であり、いずれにせよ酷いことである。しかし、それは読者の欲望との共犯関係ではあって、と考えた。

2016/03/04 18:28  洗い物。

2016/03/04 18:43  洗い物、ご飯炊く終わり。

2016/03/04 18:45  英語を読む。

2016/03/04 19:03  ジシェク、面白かった。

www.newstatesman.com

2016/03/04 20:01  読書。

[…]言説の意味への過剰反応を避けるには、どうしたらよいのか。[…]言説が意味ではなくモノ=物証のようにみえてくるまで、必要十分な量の言説を収集し、読みこなすというトレーニングを続けるしかない。その際には、言説を時代順に整理して、言説の意味内容をKJ法などの要領で分類していくといった作業も欠かせない。そして、あたかもパラパラマンガをめくるかのように、時代に順に配列された言説を読み重ねていくことを通して、言説相互の微妙な差異を感知・検出する作業を行うことになる。そうしてはじめて、ある言説が特定の言説空間の中でどういう位置価を得ているのか、たとえば、ときの通俗的なレトリックにおもねった凡庸な言説なのか、それとも名誉ある孤立を選んだ特権的な言説なのかを正確に測定することが可能になる。(赤川学構築主義を再構築する』p.45)

広告を非表示にする