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無職の雑記

Garbage in, garbage out.

国民年金の全額免除が通っていた

今年の6月まで。それ以降は再申請するんだったか、忘れてしまった。

通知書には「国民年金は一人ひとりの将来の大きな支えになります」と書いてあるけれど、将来ねえ・・・とシニカルになってしまうな。私の両親は今まさに老人になりつつあり、それゆえ彼らも含む老人一般に対しあまり攻撃的になることはできないが、それでも、子供と老人の天秤で、老人の保全に最大限の努力を尽くす政治が将来と関係あるか、っていうと、怪しいとは思うんだけどねーーと、無職のおれがいうことでもないが。誰であれ自分の資産が減らされんのは嫌なんであり、皆が嫌でも誰かのを減らさなきゃいけないのなら後は、数の暴力(民主主義)に任せようってなもんで。

追記:不意に何かをディスりたくなることがありますが、悪い癖なので自重しましょう。あと、上記に関して、「将来」と「未来」を区別したほうが良いんだろうなと思った。

将来・未来――「将来(未来)への夢」「明るい将来(未来)」のように、現在よりあとのことについていう場合には共通して用いられる。◇「私は将来、弁護士になりたい」に「未来」は使わない。また、「二〇〇年後の未来を空想する」に「将来」は使いにくい。10年後ぐらいならば「将来」と言うほうが普通。「未来」は「将来」よりも非現実的な遠い先という感じが強い。(将来(ショウライ)とは - コトバンク

この説明は、日本語ネイティブ(?)の自分にとっても、確かにそうだと思うようなもんで、だから、「国民年金は一人ひとりの将来の大きな支えになります」は、用法的に正しい。最初の「シニカルになってしまう」という感想は、「将来」と「未来」の混同からも生じていたのだと思う。「将来」と「未来」は、どちらかを取るようなものではない。ただ、この世界で「未来」があるのは、子供だけで、その子供に選挙権はなく、高齢化と独身化の進む国で「未来」はより切り捨てられていくとはやはり言えると思うけど。

(何でこんな話になってしまったのだろう)