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無職の雑記

Garbage in, garbage out.

ライフハック的日記

ハックできるようなライフがあるのなら、それは酷いことだ。「ハックできるのにそんななの?」ということになる。

だから、たまに「ハックするようなライフなんてねーよ」と思い出すことには価値がある。そんなライフがある人はいるだろう、でも私にはない。だから、私にはライフハックの余地もない。「人生が終わった」的なことも、まあ、それの強度を増した言い方、的な部分はある。他人には人生がある。私にはない。それゆえ。

で、ハックするとか、カッコいい(?)ことの余地が一切ないと考えると、迷走していた思考の焦点が身近な、実際的な事柄に合うようになるーー例えば部屋の掃除とか。

というわけで今日は部屋の掃除をすることになった。後は、読みかけの本をバタバタと読み終え、「最近読んだ本」という記事を書いて、本を返却しに行った。本を読むのも、もう違うんだろうな、と思って、1冊も借りなかった。なぜか上山和樹さんのブログが思い出され、スクロールしていたらこんな言葉に出会い思考が停止した。

震災そのものというより、20年という時間のほうに打ちのめされている。当時26歳の自分は、「もう俺は手遅れだ」と思っていた。(阪神・淡路大震災から20年 - Freezing Point

震災のあったとき、私は小学生で、祖母は震源の上に住んでいた。小学生というのは作文を書かされるものだから、「震災」についても、作文を書かされた。作文には正解があり、あるいはなく、いずれにせよ私はバカだったので、「だ」でなく「です/ます」を語尾に採用した方が文字数が多いので、それで頑張る、というような私なりの技法を駆使し、小学生的水準から見ても無内容な作文ーー原稿用紙の半分を埋めればOKだったーーをでっち上げ、提出した。「あなたは」と先生はいった「おばあちゃんが震源に住んでいるのだから、そういうことを書くべきだったのに」。私は悲しかった。