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無職の雑記

Garbage in, garbage out.

始める

Django girls」という、世界中で女子向けに行われているワークショップのチュートリアルを見つけた。(女子でないのだが、という但し書きは必要だろうか)。

djangogirls.org

やろうと思って、確か昨日、始めた。うまく眠れないので、いつ起きていて、寝ているのか、分からなくなっている。

チュートリアルは、1日で終わるワークショップの分量だから、自分も1日でやろうと思った。思って、できない。心が動かない。何で無駄に自分でハードル高く設定してしまうんだろーか。


と、雑感的なことを書いてから、チュートリアルを再開した。

プログラミングの本は大抵、日本語や英語による概説とコード例が順々に登場する。私は「コードを書かなければならない」と思うと、上手く始められないことが多い。が、「とりあえず日本語/英語を読もう」だと、始められる。で、コードの手前まで読むと、「書くか」となりやすい。なので、とりあえず、コードの手前まで読んでみれば良いのだと、思った。私は単に読むことは得意だ。それを利用しよう。

ふたたび、読む。


昔の偽日記を読んだ。「よりぬき偽日記」。これはもう、よく分からない偏執としか、言い様がない。でも、素晴らしいよね、こういうの。昔のネット上にあった「投瓶通信」的ニュアンス。現在は誰も、「投瓶通信」なんてメタファーにリアリティを感じないし、それに興味も持たない。でも、こういう、「書く時間」と「読まれる時間」の間に非常に不確定なラグを予定されて書かれた文章は、即時に読まれることを期待された言葉とは、自ずと感触が異なる。小説なんかにも現在、まだ価値があるとすれば、そういったラグを内包している点かと思うーーあまりに同期した世界とはべつの時間軸の言葉。


べつの言葉で (新潮クレスト・ブックス)

べつの言葉で (新潮クレスト・ブックス)

この本の前半、イタリア語への遠い憧れがただ書かれている部分が、自分はとても好きだ。この本は語学をやっている人、特に、その語学をやっていることがどこかしら現実逃避的ニュアンスを伴っていることを、たまに感じるような人には来る本かと思う。

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