無職の雑記

Garbage in, garbage out.

英文解釈考

図書館でたまたま、『英文解釈考』という古い本を手に取ったんだけれど、その「はしがき」でやられた。こんな凄い文章をまさか英語の参考書の初っ端で読まされると思わない。

どうしても書かずには気がすまなかったというのが本音である。格好の材料が目の前に鎮座ましましていたから。その昔、まだ学校で英語を勉強させてもらっていた頃、申訳ない話だが授業の方は少々なおざりにして自分の好みにまかせて英語の本を次々と息もつかず読み耽っているうち、こうして本を読破して行くこと自体は愉快だがどうもこのままでは何だか頼りないと感じ出し、ノートをとることを始めたのであった。ちょっとした言葉のひねり方にも一々感心して書き留めるという甚だ幼稚な時代であったが、それでも何年か経って戦争がたけなわになり、わたし自身も二度目の軍服を着せられた頃には、大学ノートで優に20冊、細かい字でびっしり書き入れられていた。それがいよいよ、東京、横浜も頻々と空襲を受けるようになって始めて(少し落ち着きすぎて、というより面倒臭かった)本と資料を地方へ疎開させるべきかなと考え出し、兵営からその手配を人に頼んだのが昭和20年の春。発送完了の通知を受けとった10日後に大空襲があり、川崎の操車場にとまったままだった貸車の中で、あわれ、わたしのそれまでの読書のあかしは灰になってしまった。燃えにくい大学ノートはまだくぶっていたという。敗戦、そして生き延びるためのけわしい日々が始まった。何もかもなくなって却ってさっぱりした感じであった。新規蒔直しの闘志に溢れた毎日だった。商売替えにも絶好の機会であったが、その才覚にも勇気にもいささかならず欠けていたわたしは今までの道を辿るほかなかった。そこでわざわざ英国くんだりまで出掛けて行き本の買い集め、帰ってから一冊一冊にのめりこむ生活がやっと軌道に乗った。それから30年の月日が流れ去った。

広告を非表示にする