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無職の雑記

Garbage in, garbage out.

小林紀晴『メモワール 写真家・古屋誠一との20年』

メモワール 写真家・古屋誠一との二〇年

メモワール 写真家・古屋誠一との二〇年

5年前の震災の時、海外のメディアの撮った写真は変に美しく、当時それに違和感を覚えた。流され更地になってしまった大地に、空が高い。その高さは、視線を彷徨わせる先の一神教の神を仮定しているかのようにも見えたけど、それが違和感の由来でもないようだった。

この本を読んでその由来に気づいた。

考えてみれば当たり前なのだが、要は、美しく撮り、それを作品化するようなことは、近いとできないのだ。関係のない立場からであれば、いくらでもきれいな写真を無邪気に撮れる。でも、近いとできない。著者は9・11の行方不明者の貼り紙を何も考えずに撮影できたが、5年前の震災の、同様の光景は撮影できなかったと書く。

対象との距離。それに応じて可能だったりなかったりすること。作品。その記憶。

古屋誠一により執拗に作り続けられた「メモワール」という同一の題名の、記憶の中でもがくことそれ自体のような作品群が、いかに呆気なくーーと思われることでーー停止してしまったか。

私は古屋誠一という写真家を知らなかったし、著者のこともやはり知らなかった。でも、なんて些細で、つまらなくて、不自由で、切実なんだろうと。