無職の雑記

Garbage in, garbage out.

1,520,760

家賃を振り込んだ。先月の振込時の残高は、1,678,207 だったそうなので、15万7,447円減ったことになる。随分な散財。まあ、どうでもいい。

 ・・・

リーマン・ショックの後なんかに、経済的な苦境は自己責任だろう、というような言説が流行った。私はその当時ひきこもりだったので、そういった言説に随分と病んだ。責任とはそもそも、何に自己決定能力を認めるか、という社会通念に相対的に、あったりなかったりすることだ。精神病者は責任を問われず、あるいは未成年者の責任は軽い。歴史的に見れば、中世ヨーロッパでは、魔女裁判において責任を問われた豚が火あぶりにされるなどの極端な事例さえある。責任とは、社会通念に相対的な擬制・フィクションであるーーそんなことを、カウンターとして、本から借用しつつ考えるようになったが、そう考えても、病んだ感じは消えなかった。相対的だろうがなんだろうが、自己責任の合唱の中で、精神的には窒息しそうだった。

働いて、その感じは消えた。

今の私は仕事を辞め、改めて自覚的に引きこもっている。当時とは「自己責任」の捉え方も変わった。当時の「自己責任」という言葉の大合唱、その懲罰的な欲望自体はくだらないと今でも思う。もう少し、人が内省的になってくれたら良いのに、とも思う。でも、責任がある事自体は、場合によっては間違ってない。例えば仮に今の私の生活が、将来の私に苦境をもたらすとしてもーーそれはいかにもありそうなことだがーー、それは私の責任だ。私にはそれを回避する能力がある。それは私が招くことだ(かかってこい

第三世界の人は、私が当たり前とする機会がない。高給な仕事ーー月給15万の警備員!ーーも存在しない。国境により移動の自由が著しくーー不当にーー制限されているからだ。素朴に考えて、これはフェアじゃない。全くフェアじゃない。逆にいえば私は排他的な特権を手にしているわけで、その私が、パブリックな仕方で苦境に文句を言うとすれば、お前いいかげんにしろよ、ということになるのは明らかだろう。(プライベートで人生を呪うのは、構わないけど)。

もちろん、私の考えは銀行口座の残高により変わる。残高が更に減れば、きっと違うことだっていうだろう。でも、違ったことをいう私でさえ、上記の考えを理性的には正しいと認めるはずだ。あんたは特権階級に帰属してる。戯言を言ってんじゃない。

雨宮まみさんが死んでしまって、とても、とても悲しい。

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