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無職の雑記

Garbage in, garbage out.

2017/03/07

でも、もし逃げられたとしたらーーそうしたらどうなったんだろう。そこから逃げて、人は何をしたんだろう。/バロウズはそこんところを考えなかったし、1960年代の色んな人達もそこのところはネグった。とにかく、逃げればーー自由をひたすら増やせばーーなんかすばらしいことになる、と思った。その自由を使って人びとは何かすると思った。[…]企業や政府や官僚やウイルスは、人々をことばやドラッグで操って、要りもしないものをほしがるようにし向ける。そういう操作さえつぶせば、人々は真に欲しいものを欲しがるようにできるーーそれがなんなのかは、そのコントロールがなくなれば自然にわかるし、またそれが実際に手に入るかどうかなんて、敢えて考えるまでもないことだと思っていた。

ところが見てご覧、そうはならなかった。(山形浩生『たかが、バロウズ本』p.229)  

 

これは橋本治が見てとった問題と同じだ、戦後の日本人は、自由になったはずだけれど、その自由で何をしていいかわからなかった。そして傍若無人な自由のはきちがえというやつも多発するようになった。それに対して橋本治は、編み物でもしちゃいかが、と提案した。編み物をして、技術を習得し、模倣するところからやれ、と。そのうち、自分で何かを作れるレベルにまで到達できるかもいれない。橋本治は、つまり教育を通じてこの状況をうちやぶろうと考えた。自由を云々する前に、模倣を通じて技術を身につけろ。自由を使って何かをできるだけの能力を身につけろ。それがなきゃ自由なんていくらあっても意味はないんだーー橋本治はそう主張する。(p.231)

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