無職の雑記

Garbage in, garbage out.

そういえば久しぶりにあった母は、若干、明確に衰えていた。実家にいたとき母が「老人」に見えたことはなかったが、帰って顔を見たら、そうなっていた。違和感はすぐに消えたけれど。

神経痛で、歩幅が極端に狭くもなっていた。なるべく痛くないだけの距離を探るようにして足を出す。なのに外に出て、父のペースで歩いていく時の母は痛みなど知らないかのように歩き、階段を昇り降りしていた。父にはその種の配慮はない。母は足が痛い。母はそういうことを言わない人だ。

今すぐどうこう、というわけでもないが、基本的に人は年を取れば障害を負う(か、ある日ころっと死ぬ)ものだから、たとえば10年後など、母がまともに歩けなくなっている、ということも、ないとはいえない。

わたしは、その種のリアリティに直面できると、おもえなかった。というか、今でも思えない。でも、どうあれ直面することになる。今回、某式に出るようになったように、きっと、ほとんどそれが自然であるかのように。

某弟は今でさえ高給取りであるし、今後も給与と地位は上がっていく。彼の時間(時給)は高い。対してわたしの時間はとても安い。ほとんどゼロのようなものだ。こういうとき、時給の相対的に安いほうが雑用をすることになる。だから、母の配慮などもすることになるんだろう。何より某弟は世界のどこにいることになるのかもわからない。今も某国のどこかにいる。

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